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無責という考え方

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おぎの
おぎの

サイボウズデイズで聞いた、「無責」という言葉について書きます。

無責

昨日書いたエントリの中に、こんな一文がありました。

責任はひとまずおいて、「なんでだろう?」と考えることが大事です。

これは、サイボウズデイズで青野さんが言った「無責」という言葉からきています。

この言葉については、サイボウズ式に青野さんと熊谷晋一郎さんの対談記事という形で
詳しく書いているので、そちらを是非読んでいただきたいのですが、
ざっくり言えば

問題を現象と捉えて、その周りにある原因を探っていくという考え方です。
問題を属人化させない考え方ともいえるでしょう。

問題解決と責任問題は別

一般的に、問題解決と責任はごちゃまぜにして語られることが多いです。

「どうしてこうなったんだ!?」
「誰がやったんだ!?」
「責任者を呼べ!」

こんなやりとりはよく目にしたり聞いたりすると思います。  

でも、問題解決のプロセスと、責任追及のプロセスは分けるべきです。

↑のやり取りでは、既に問題が属人化されています。
問題は属人化されると、責任を生みます。

そうすると、当事者は問題の原因よりも、責任に目を向けてしまうので、
問題の原因が見えなくなります。
当事者が原因を一番わかっているにも関わらず、です。

サイボウズの面白い事例

サイボウズの面白い事例に、「寝坊報告」があります。

これは最初聞いたときに笑ってしまったのですが、
サイボウズでは寝坊を報告して情報共有する場所(全社員が見れる)があるのです。

「寝坊したので遅刻します」から
「寝坊して新幹線に乗れなかったので、追加の経費申請をしたい」まで(!)

でも、それに対してのリプライは

「良い目覚ましがあります。〇〇がオススメです」
「〇〇すると睡眠の質があがるので、寝坊防止にいいかもしれません」

といったものなのです。
寝坊を現象と捉えて、じゃあ原因はなにか?とみんなが考えているのです。

面白いですよね(笑)

もちろん、普通の会社がすぐに真似できるようなものではないです。
(サイボウズは採用時の人物選定にかなり力を入れているので、社員同士の結束が強い)

でも、みんなが原因を考えてくれるのと、そうでないのでは、
どれだけ問題解決の力が変わってくるのか

なんとなくわかりますよね。

おわりに

「無責」という言葉を耳にしてから、会社でなにか問題に接したとき、
その原因についての自分の考えをオープンにするようになりました。

もちろん、自分の意見を伝えるという目的はあるけど、
「原因について考えているんだよ」って姿を見せることも目的の一つです。

少しでも、無責の考え方が広がったらいいなと思いながら、
今日も仕事します( ・`ω・´)

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